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最高裁判所第二小法廷 昭和50年(あ)2029号 決定

本籍

京都市下京区西木屋町通松原上る二丁目天満町二六六番地

住居

同東山区山科日ノ岡夷谷町一七番地

無職

中島六兵衛

明治三二年九月一六日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五〇年九月一九日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人大槻龍馬、同中坊公平連名の上告趣意は、違憲をいうとみられる点も含め、実質はすべて、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊 裁判官 本林譲)

昭和五〇年(あ)第二〇二九号

被告人 中島六兵衛

弁護人大槻龍馬、同中坊公平の上告趣意(昭和五〇年一二月一五日付)

原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり、破棄しなければ著しく正義に反する。

一、原判決は、

「第一審判決は、被告人が大村ミツヱから取得して吉田官及び小山慎一に売却した京都市左京区浄土寺下馬場町一八番地の一その他の土地及びその地上の建物の売上原価を一五三万二、九五〇円としているが、被告人は、昭和三六年一二月一一日弁護士前田外茂雄に右建物の居住者林健次郎及び小山慎一の立退交渉を依頼してその着手金八万円を支払い、林健次郎との間では調停が成立し、それに基づき昭和三八年七月一五日立退料三〇万円を支払い、小山慎一の間ではその居住家屋を同人に売渡すこととなり、そのため測量するなどして昭和三九年三月一〇日菊地測量士に七、〇〇〇円を支払い、さらに同年五月六日右前田弁護士に一〇万円の謝礼を支払い一、五〇〇円相当の手土産をおくつたので、これらの合計四八万八、五〇〇円を加算すべきであるのに原判決がこれを認めなかつたのは、事実を誤認し審理を尽くさなかつた違法がある。」

との控訴趣意に対し、

「被告人の当審公判廷における供述、押収してある卓上日誌(当裁判所昭和五〇年押第一七三号の四)の昭和三六年一二月一一日のもの及び同日誌綴(同押号の一)の昭和三九年五月六日のもの、当審において取調べた調停調書、前田外茂雄作成の領収書二通、赤塚節作成の領収書、菊地一郎作成の請求書兼領収書によれば、被告人は、論旨主張のとおり前記土地、建物を取得するについて、原判決の認定する金員のほかに合計四八万八、五〇〇円を支払つていることが認められる。したがつて、これを認めなかつた原判断には事実誤認があることになるが、これを売上原価に加えて計算すると、昭和三九年度の総所得金額は二、三三三万九、九一四円となり、基礎控除一一万七、五〇〇円を控除し、所定の税率を乗ずるなどして所得税額を算出すると、一、一五八万一、四四〇円となり、これがほ脱額となるわけであるが、これを原判決が認定したほ脱額一、一八七万四、五四八円と比較すると、二九万円余の減少をきたすに過ぎないのであるから、本件において右の点の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるということはできない。」

として右控訴趣意を斥けた。

二、然しながら、右の原判決は、直接税に関するほ脱犯の特質を把握することなく、第一審判決が旧所得税法(昭和二二年三月三一日法律第二七号)六九条二項を適用していることを看過したため、刑事訴訟法三八二条の解釈を誤ったか、もしくは同三二八条本来の解釈を誤つたもので、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

以下その理由を述べる。

三、原判決が支持した第一審判決は、被告人が、昭和三九年度の所得税一、一八七万四、五四八円をほ脱した事実を認定した上、情状に因り旧所得税法六九条二項を適用して、罰金刑の多額である五〇〇万円をこえ、右ほ脱所得税額に相当する一、一八七万四、五四八円以下の範囲内で処断することとし、被告人を罰金八〇〇万円に処したものである。

ところが、原判決は、第一審判決の認定した被告人の昭和三九年度のほ脱所得税額一、一八七万四、五四八円は誤りであつてこれよりも二九万三、一〇八円少い一、一五八万一、四四〇円が正当であるとしながら、右の誤りは、二九万円余の減少をきたすにすぎないのであるから、判決に影響を及ぼすことが明らかであるということはできないというのである。

なるほど僅少の額の誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるということはできないとする原判決のような考え方は、犯罪の日時・場所・犯罪の客体・犯罪の結果等についての誤認に関する過去における幾多の判例の示すところではあるが、これらはいずれも本件のように事実の誤認そのものが、直接処断刑の範囲を伸縮させるような事案に関するものではない。

すなわち本件では、原判決が正当と認定する事実に対し、前記のように旧所得税法六九条二項を適用するかぎり、その処断刑の範囲は必然的に前記第一審判決の処断刑の範囲よりも縮少されたところの罰金五〇〇万円をこえ、罰金一、一五八万一、一四〇円以下ということになる。

このように、必然的にその処断刑の範囲に変化を及ぼすような事実の誤認は、まさに判決に影響を及ぼすことが明らかといわねばならない。

四、なお原判決は、前記減少額二九万三、一〇八円は、第一審判決が認定したほ脱税額一、一八七万四、五四八円に比較して僅少の額であるというが、真実の総所得を遙かに超過する約三、六〇〇万円の課税を受け、その重税に喘ぎながら、現在無収入の生活を送つている被告人にとつては、たやすく納得できる事柄ではあり得ないし、右二九万三、一〇八円は、国税である所得税額だけの減少額であつて、これに伴い地方税についても当然その約二分の一の相当する金額が減少となるばかりか、直接税の逋脱事犯における逋脱税額の多寡は、それ自体被告人の財産権(憲法二九条)納税の義務(憲法三〇条)に影響を及ぼすものである。

そうすると、本件における事実誤認は、他人の財物を侵害する窃盗・横領等における犯罪の客体に関する事実誤認の場合とは本質的に異つており、この点からも第一審の事実誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかといわねばならない。

五、然るに原判決が、これと反対の判断をしたのは、直接税に関する逋脱犯の特質についての配慮を全く欠いているばかりでなく第一審判決が旧所得税法六九条二項を適用していることを看過したため、刑事訴訟法三八二条の解釈を誤つたか、そうでなければ、同三二八条本来の解釈を誤つたかのいずれかによるものであつて、これを破棄しなければ、前記のように国民の基本権を侵害することにもなつて、著しく正義に反するものといわなければならない。

以上の理由により、貴裁判所の職権による御審理により、原判決を破棄し、さらに相当の御判決を仰ぎたく本件上告に及んだ次第である。

以上

昭和五〇年(あ)第二〇二九号

上告趣意書

所得税法違反 被告人 中島六兵衛

右被告事件につき、昭和五〇年九月一九日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、上告を申し立てた理由は左記のとおりである。

昭和五〇年一二月一五日

弁護人弁護士 大槻龍馬

同 中坊公平

最高裁判所御二小法廷御中

原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり、破棄しなければ著しく正義に反する。

一、原判決は、

「第一審判決は、被告人が大村ミツヱから取得して吉田官及び小山慎一に売却した京都市左京区浄土寺下馬場町一八番地の一その他の土地及びその地上の建物の売上原価を一五三万二、九五〇円としているが、被告人は。昭和三六年一二月一一日弁護士前田外茂雄に右建物の居住者林健次郎及び小山慎一の立退交渉を依頼してその着手金八万円を支払い、林健次郎との間では調停が成立し、それに基づき昭和三八年七月一五日立退料三〇万円を支払い、小山慎一の間ではその居住家屋を同人に売渡すこととなり、そのため測量するなどして昭和三九年三月一〇日菊地測量士に七、〇〇〇円を支払い、さらに同年五月六日右前田弁護士に一〇万円の謝礼を支払い一、五〇〇円相当の手土産をおくつたので、これらの合計四八万八、五〇〇円を加算すべきであるのに、原判決がこれを認めなかつたのは、事実を誤認し審理を尽くさなかつた違法がある。」

との控訴趣意に対し、

「被告人の当審公判廷における供述、押収してある卓上日誌(当裁判所昭和五〇年押第一七三号の四)の昭和三六年一二月一一日のもの及び同日誌綴(同押号の一)の昭和三九年五月六日のもの、当審において取調べた調停調書、前田外茂雄作成の領収書二通、赤塚節作成の領収書、菊地一郎作成の請求書兼領収書によれば、被告人は、論旨主張のとおり前記土地、建物を取得するについて、原判決の認定する金員のほかに合計四八万八、五〇〇円を支払つていることが認められる。したがつて、これを認めなかつた原判決には事実誤認があることになるが、これを売上原価に加えて計算すると、昭和三九年度の総所得金額は二、三三三万九、九一四円となり、基礎控除一一万七、五〇〇円を控除し、所定の税率を乗するなどして所得税額を算出すると、一、一五八万一、四四〇円となり、これが逋脱額となるわけであるが、これを原判決が認定した逋脱額一、一八七万四、五四八円と比較すると、二九万円余の減少をきたすに過ぎないのであるから、本件において右の点の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるということはできない。」

として右控訴趣意を斥けた。

二、然しながら、右の原判決は、直接税に関する逋脱犯の特質を把握することなく、第一審判決が旧所得税法(昭和二二年三月三一日法律第二七号)六九条二項を適用していることを看過したため、刑事訴訟法三八二条の解釈を誤つたか、もしくは同三二八条本来の解釈を誤つたもので、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

以下その理由を述べる。

三、原判決が支持した第一審判決は、被告人が、昭和三九年度の所得税一、一八七万四、五四八円をほ脱した事実を認定した上、情状に因り旧所得税法六九条二項を適用して、罰金刑の多額である五〇〇万円をこえ、右ほ脱所得税額に相当する一、一八七万四、五四八円以下の範囲内で処断することとし、被告人を罰金八〇〇万円に処したものである。

ところが、原判決は、第一審判決の認定した被告人の昭和三九年度のほ脱所得税額一、一八七万四、五四八円は誤りであつてこれよりも二九万三、一〇八円少い一、一五八万一、四四〇円が正当であるとしながら、右の誤りは、二九万円余の減少をきたすにすぎないのであるから、判決に影響を及ぼすことが明らかであるということはできないというのである。

なるほど僅少の額の誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるということはできないとする原判決のような考え方は、犯罪の日時・場所・犯罪の客体・犯罪の結果等についての誤認に関する過去における幾多の判例の示すところではあるが、これらはいずれも本件のように事実の誤認そのものが、直接処断刑の範囲を伸縮させるような事案に関するものではない。

すなわち本件では、原判決が正当と認定する事実に対し、前記のように旧所得税法六九条二項を適用するかぎり、その処断刑の範囲は必然的に前記第一審判決の処断刑の範囲よりも縮少されたところの罰金五〇〇万円をこえ、罰金一、一五八万一、一四〇円以下ということになる。

このように、必然的にその処断刑の範囲に変化を及ぼすような事実の誤認は、まさに判決に影響を及ぼすことが明らかといわねばならない。

四、なお原判決は、前記減少額二九万三、一〇八円は、第一審判決が認定したほ脱税額一、一八七万四、五四八円に比較して僅少の額であるというが、真実の総所得を遙かに超過する約三、六〇〇万円の課税を受け、その重税に喘ぎながら、現在無収入の生活を送つている被告人にとつては、たやすく納得できる事柄ではあり得ないし、右二九万三、一〇八円は、国税である所得税額だけの減少額であつて、これに伴い地方税についても当然その約二分の一の相当する金額が減少となるばかりか、直接税のほ脱事犯におけるほ脱税額の多寡は、それ自体被告人の財産権(憲法二九条)納税の義務(憲法三〇条)に影響を及ぱすものである。

そうすると、本件における事実誤認は、他人の財物を侵害する窃盗・横領等における犯罪の客体に関する事実誤認の場合とは本質的に異つており、この点からも第一審の事実誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかといわねばならない。

五、然るに原判決が、これと反対の判断をしたのは、直接税に関するほ脱犯の特質についての配慮を全く欠いているばかりでなく第一審判決が旧所得税法六九条二項を適用していることを看過したため、刑事訴訟法三八二条の解釈を誤つたか、そうでなければ、同三二八条本来の解釈を誤つたかのいずれかによるものであつて、これを破棄しなければ、前記のように国民の基本権を侵害することにもなつて、著しく正義に反するものといわなければならない。

以上の理由により、貴裁判所の職権による御審理により、原判決を破棄し、さらに相当の御判決を仰ぎたく本件上告に及んだ次第である。

以上

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